最終更新日 2025年1月21日 by contam
日本各地で、高速道路やダム、トンネルといった巨大なインフラが日々建設されています。
国民の生活を支え、経済発展の基盤ともなるインフラ整備は、まさに国家の重要施策の一つです。
しかし、その華々しい成果の裏で、政府のインフラ施策が大きなジレンマを抱えていることは、あまり知られていません。
かつて、私も大手ゼネコンの一員として、新名神高速道路のトンネル掘削など数多くのプロジェクトに携わってきました。
現場監督やプロジェクトマネージャーを務める中で、コスト削減と安全管理の狭間で苦悩し、長時間労働に疲弊する現場労働者の姿を目の当たりにしてきました。
こうした経験から、「建設現場のリアルな声をもっと社会に届けたい」という思いを強くし、50歳でライターへと転身しました。
本記事では、現場を知る者として、政府のインフラ施策が抱える構造的なジレンマに焦点を当て、その実態と今後の展望を明らかにしていきます。
政策と現場の狭間にある課題を深く掘り下げることで、持続可能なインフラ整備のあり方を、皆様とともに考えていきたいと思います。
目次
政府インフラ施策の現状と課題
近年のインフラ政策と重点投資分野
我が国のインフラ政策は、戦後の高度経済成長期から現在に至るまで、時代とともに変化してきました。
近年では、老朽化対策や防災・減災を目的とした「国土強靭化」が主要なテーマとなっています。
具体的には、どのような分野に重点が置かれているのでしょうか。
- 高速道路のミッシングリンク解消や4車線化
- 大規模地震に備えたダム・堤防の耐震強化
- 橋梁やトンネルの老朽化対策、長寿命化
国土交通省の発表によると、2023年度の公共事業関係費は約6兆円にのぼり、その多くが上記のような分野に投資されています。
特に、南海トラフ地震や首都直下地震への備えとして、緊急輸送道路の整備や耐震化が急務とされています。
また、高度経済成長期に集中的に整備されたインフラが、今後一斉に老朽化の時期を迎えることから、維持管理・更新費用の増大も大きな課題です。
厚生労働省の報告書「建設業における労働災害の発生状況」によると、建設業は全産業の中でも労働災害の発生率が高く、特に墜落・転落災害が多いことが指摘されています。
このデータを踏まえると、インフラ整備を推進する一方で、現場の安全対策をいかに徹底するかが重要なポイントとなります。
年度 | 公共事業関係費(兆円) | 前年度比 | 主な投資分野 |
---|---|---|---|
2021年度 | 6.0 | +0.4 | 防災・減災、国土強靭化、老朽化対策、交通ネットワーク強化 |
2022年度 | 5.9 | -0.1 | 同上 |
2023年度 | 6.0 | +0.1 | 同上 |
(出典:国土交通省「令和5年度国土交通省関係予算概要」より筆者作成)
ジレンマが生じる要因:コスト・品質・安全のバランス
しかし、インフラ整備の現場では、「コスト」「品質」「安全」という3つの要素を高いレベルで同時に実現することが求められ、これらのバランスを取ることが極めて難しいというジレンマに直面しています。
予算には限りがあるため、過度なコスト削減は品質の低下を招きかねません。
例えば、資材のグレードを下げたり、工期を短縮しすぎたりすれば、構造物の耐久性や安全性に問題が生じるリスクが高まります。
また、コストを重視するあまり、安全管理がおろそかになれば、労働災害の増加につながり、結果として社会的コストが膨らむことになります。
特に問題なのは、このジレンマが、立場の弱い協力会社や現場作業員にしわ寄せされやすいことです。
大手ゼネコンが利益を確保するために、下請企業に対して過度なコストダウンを要求するケースも少なくありません。
その結果、
- 下請企業の経営難
- 現場作業員の低賃金・長時間労働
- 安全対策の不徹底
といった問題が、業界の構造的な課題として存在しています。
建設業界における重層下請構造は、発注者から見て、一次下請け、二次下請け、三次下請けというように、多層的な請負関係が形成される構造です。
この構造は、特に大規模な建設プロジェクトにおいて一般的であり、専門工事ごとに異なる業者が関与することで、コスト削減や工期短縮が図れるというメリットがあります。
しかし、一方で、この重層下請構造が、いくつかの問題を引き起こしていることも事実です。
現場視点で読み解くインフラ施策の実態
プロジェクトマネジメントの苦悩:コスト・人員・スケジュール
私は、新名神高速道路のトンネル掘削プロジェクトで、現場監督としてプロジェクトマネジメントの難しさを痛感しました。
限られた予算と人員で、厳しい工期内に工事を完了させなければならない重圧は、想像以上のものでした。
特に、安全管理と労務管理の両立には、常に頭を悩ませていました。
- 労働災害の防止のため、安全教育や安全設備には多くのコストがかかる
- 厳しい工期を守るために、時には長時間労働を強いられる場面がある
- 上記の要因を起因として、疲労やストレスから事故やヒューマンエラーが起こる危険性がある
掘削現場では、落盤や崩落といった重大事故のリスクと常に隣り合わせです。
作業員の安全を守るために、安全帯の完全着用やKY(危険予知)活動の徹底、定期的な安全教育の実施など、あらゆる対策を講じていました。
しかし、それでも「絶対安全」と言い切ることはできず、常に緊張感を持って現場に立っていました。
現場では、作業員一人ひとりが、自分の仕事に誇りを持ち、高い技術力を発揮してくれています。
しかし、彼らの多くが、長時間労働や休日出勤を余儀なくされていることも事実です。
「工期が迫っているから」「人手が足りないから」という理由で、十分な休息を取ることができない日々が続いていました。
このような状況が続けば、いずれ重大な事故につながるのではないかという不安が、常に頭から離れませんでした。
「安全なくして、良質なインフラはつくれない」
これは、私が現場で学んだ最も大切な教訓です。
技術進歩と現場環境の変化
近年、建設業界でもICT施工やAI技術の導入が進み、生産性向上や安全性向上への期待が高まっています。
例えば、
- ドローンによる測量や点検
- 建設機械の自動化・遠隔操作
- BIM/CIMを活用した3次元モデルによる施工管理
などの技術が、徐々に現場に導入されつつあります。
これらの技術は、作業の効率化や省人化、危険作業の回避などに大きな効果を発揮すると考えられます。
しかし、一方で、新しい技術を使いこなすための人材育成や、導入コストの問題など、課題も少なくありません。
また、建設業界は高齢化が著しく、特に地方では若手技術者の確保が深刻な問題となっています。
私が監督を務めた現場でも、50代、60代のベテラン技術者が多く、彼らの経験と技能に支えられている部分が大きかったです。
しかし、彼らが引退した後のことを考えると、技術の継承や人材確保が急務であると感じています。
さらに、書類手続きの煩雑さも、現場の大きな負担となっています。
安全管理や品質管理のために必要な書類は膨大で、その作成や管理に多くの時間が費やされています。
近年、建設キャリアアップシステム(CCUS)の導入など、業界全体でDX化が進められていますが、まだまだ道半ばというのが実感です。
「デジタル化はあくまで手段であり、目的ではない。現場の負担を軽減し、真に働きやすい環境をつくることが重要だ」
これは、ある現場代理人の言葉です。
技術革新は、あくまでも現場の課題を解決するための手段であり、目的と手段をはき違えてはならないということを、肝に銘じておく必要があります。
業界の抱える構造的ジレンマと今後の展望
国・地方自治体・業界の連携強化策
インフラ施策のジレンマを解消するためには、国、地方自治体、そして建設業界が一体となって、構造的な課題に取り組む必要があります。
特に、公共工事の発注方式や入札制度の見直しは、重要なポイントです。
現状の「価格競争入札」では、どうしても価格が最優先され、品質や安全が軽視されがちです。
そのため、技術力や安全管理体制などを総合的に評価する「総合評価落札方式」の導入をさらに進めるべきです。
また、地方自治体では、地域の実情に合わせた柔軟な対応が求められます。
特に、地方では、建設業の担い手不足が深刻であり、地域建設業の育成・支援が急務です。
- 地元企業の受注機会拡大
- 若手技術者の育成支援
- ICT施工導入への補助金
といった施策を通じて、地域建設業の持続可能性を高めることが重要です。
業界団体や行政機関による人材育成支援プログラムも、近年充実してきています。
例えば、一般社団法人全国建設業協会では、若手技術者向けの研修や資格取得支援など、様々な取り組みを行っています。
これらの取り組みをさらに拡充し、業界全体で人材育成に力を入れていくことが求められます。
労働環境・人材確保への包括的アプローチ
建設業界の労働環境改善と人材確保は、表裏一体の問題です。
魅力ある職場環境をつくることで、優秀な人材が集まり、結果として業界全体の発展につながります。
安全管理の徹底は、最も重要な課題です。
労働災害を撲滅するために、以下のような具体的な取り組みを、さらに強化する必要があります。
- 定期的な安全教育・訓練の実施
- 危険予知活動(KYK)の徹底
- リスクアセスメントに基づく安全対策の実施
- 安全設備の充実と適切な使用
これらの取り組みを通じて、「安全は全てに優先する」という意識を、業界全体に浸透させることが重要です。
また、建設業界のイメージアップも重要な課題です。
「きつい」「汚い」「危険」といった、いわゆる「3K」のイメージを払拭し、若者にとって魅力ある産業へと変革していく必要があります。
そのためには、
- ICT技術の活用による生産性向上
- 週休2日制の導入など働き方改革の推進
- 女性技術者の積極的な採用・登用
などを通じて、業界全体のイメージアップを図ることが重要です。
人材育成に力を入れる企業は多く、例えば建設DXを推進するBRANU株式会社では、独自の社員支援制度で社員の成長をサポートしています。
社員が成長できる環境を提供することで、優秀な人材確保にもつながり、結果として建設業界全体のイメージアップにも貢献していると言えます。
さらに、大手ゼネコンと下請企業との関係性についても、見直す必要があります。
一方的なコストダウンの要請ではなく、パートナーシップに基づいた適正な取引関係を構築することが、業界全体の持続可能性を高める上で不可欠です。
項目 | 現状 | 改善の方向性 |
---|---|---|
安全管理 | 労働災害発生率が高い | 安全教育の徹底、リスクアセスメントの実施、安全設備の充実 |
労働環境 | 長時間労働、休日出勤が多い | 週休2日制の導入、ICT活用による生産性向上、適正な労務管理 |
イメージ | 3K(きつい、汚い、危険)のイメージが根強い | 技術革新のPR、働き方改革の推進、女性技術者の活躍推進 |
大手・下請関係 | 大手ゼネコンによる一方的なコストダウン要請 | パートナーシップに基づく適正な取引関係の構築、情報共有の促進 |
人材確保 | 若手技術者不足、高齢化が進行 | 魅力ある職場環境づくり、積極的な採用活動、業界を挙げた育成・定着支援 |
まとめ
政府のインフラ施策は、国民生活の基盤を支える重要な役割を担っています。
しかし、その推進過程で、コスト、品質、安全のバランスをめぐる構造的なジレンマが生じており、そのしわ寄せが現場の労働環境に影響を及ぼしていることも事実です。
私が長年見てきた建設現場の声は、まさにこのジレンマの存在を物語っています。
予算制約の中で、安全を確保しつつ、質の高いインフラを整備することは容易ではありません。
しかし、現場の声を丁寧に拾い上げ、政策に反映させていくことで、このジレンマは必ず解消できると私は信じています。
そのためには、政策立案者と実務者が、これまで以上に対話を重ね、現場の実態に基づいた施策を共に考えていくことが不可欠です。
国、地方自治体、建設業界が一体となって、持続可能なインフラ整備の実現に向けて、真摯に取り組んでいくことが求められています。
私自身、これからも現場の声を代弁するライターとして、微力ながら業界の発展に貢献していきたいと考えています。